ちゃんとホールディングス株式会社 Founder/Chief Architect/CEO
兼 株式会社ワンコンシスト Chief Conceptor/CMO
2022年10月中旬、フラッと現れ勝手に経営改革を開始。
2026年3月末、ワンコンシストのCEO(最高経営責任者)を退任。
こんにちは。ピロ大西です。
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CEOブログ…♯1,107です
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さて本題です
私は昔から
自分の事を“何か特別な人間”だと思った事がない
勉強も普通…
運動も飛び抜けていた訳ではない
何か圧倒的な才能がある訳でもなければ
明確な夢があった訳でもない
むしろ…
「自分には何もないな」
そんな感覚の方が近かった気がする
幼い頃
努力家だった父の話を周囲からよく聞かされた
「あのお父さんは本当に凄かった」
「努力の人だった」
そんな話を聞く度に
私はどこか他人事のように聞いていた
“いや…
そのDNA、多分私は受け継いでないです…”
そんな事を思っていた…笑
今の時代と比較出来るのかは分からないが
私は一浪して
いわゆるFラン大学へ進学した
受験勉強も
“本気で頑張った”とは到底言えない
大学時代も
遊んでいた記憶の方が圧倒的に多い…笑
未来のイメージなんて全くなかった
「将来こうなりたい」
みたいな強い意思もなかった
今振り返ると
“何者かになれる気”が
自分自身に全然していなかったのだと思う
就職活動もほとんどまともにやらず
友人を通じて知り合った
10歳上の方との縁で
小さなイベント会社に就職した
これが
人生の転機だった
…とは言え
社会人1年目の私は
まぁ酷かった…笑
とにかく怒られる…
毎日怒られる…
今の時代だったら
パワハラ講習の教材になりそうなくらい
まぁ怒鳴られた…笑
後に当時の社長から
「辞めると思ってた…」
と言われた
でしょうね…笑
でも
当の本人は
辞めるとか辞めないとか
あまり深く考えていなかった
ただガムシャラだった
目の前の事を必死にやる
怒られても行く…
失敗してもやり切る…
今思うと
“才能”ではなく
“鈍感力”で生き残っていたのかもしれない…笑
でも不思議なもので
2〜3年目くらいから
少しずつ仕事を任され始めた
大型イベント…
企業のフォーラムや展示会…
プレス発表…表彰式…
生番組…タレントが絡む多くのイベント…
20代半ば頃には
演出や舞台監督のような立場や
プロジェクトマネージャーとして…
自分指名の仕事も増えていった
並行して
社長のアシスタントも兼任していたので…
気付けば
会社の稼ぎ頭みたいになっていた
人生って本当に分からない
20代後半には
あれだけ怒られていた20年上の社長から
先輩や年長者を飛び越えて
「次の社長にしたい」
なんて話まで頂くようになっていた
でも当時の私は
“イベント屋”という仕事に没頭しており
社長/経営者というものが
正直よく分かっていなかった
目の前の現場に夢中だった
そんな中
色々な出来事が重なり
私は起業という道を選んだ
…まぁ
揉めましたね…笑
調整に1年以上かかったと思う
でも
お互いが納得出来る形を
私なりに丁寧に模索し続けた
だから今でも
良い関係が続いている
もちろん
100%気持ちが重なる事なんてない
でも
“人としてどうあるべきか”
そこから逃げなかった事は
今の自分にとって
大きな財産になっている
私は今でも
自分が頭の良くない人間だと自覚がある…
ただ
何もないなりに
逃げずに向き合い続けてきた
人生って
最初から何かを持っている人だけが
切り開いていく訳じゃない
“自分には何もない”
そう思っていた人間でも
ガムシャラに積み上げれば景色は変わる
最近はそんな事をよく思う…笑
今日はここまで。
またすぐに。
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まだスタートしたばかりで試行錯誤しております…笑
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